<中学受験情報局×校長対談>全4回連載 第1回
「勉強は大変。でも学校は楽しい」豊島岡女子学園が勤勉努力を古びた言葉にしない理由
毎朝5分間の運針、全員参加のクラブ活動、先輩後輩のつながり。高い学力と豊かな学校生活が両立する背景を、卒業生でもある竹鼻志乃校長に聞く

難関大学への高い進学実績と、理系分野への強さで知られる豊島岡女子学園。一方、在校生や卒業生からは「勉強は大変だけれど、学校は楽しい」という声が聞かれる。学習量の多さと学校生活の充実は、なぜ両立するのか。その答えをたどると、毎朝5分間の運針、努力する人を笑わない校風、クラブを軸にした先輩後輩の結びつき、そして入学時の結果を6年間の序列にしない学校と家庭の姿勢が見えてきた。
本連載では、卒業生でもある竹鼻志乃校長に、西村則康と辻義夫が、豊島岡で学ぶ6年間の実像を全3回の対談で聞く。さらに特別回では、西村と辻が豊島岡の入試問題を分析し、どのような力を受験生に求めているのか読み解く。
母校の校長として残したいもの
――辻竹鼻先生ご自身も豊島岡の卒業生でいらっしゃいます。母校の校長として、今、特に大切にされていることは何でしょうか。
竹鼻昔から変わらないものの一つが運針です。私より年上の卒業生にお会いしても、「今も運針をやっているのね」と、とても喜んでくださいます。これは変えずに続けていきたいものです。
もう一つ大切にしているのは、生徒が豊島岡で学んだことに誇りを持って卒業し、社会で活躍してほしいということです。本校には「道義実践」「勤勉努力」「一能専念」という三つの教育方針があります。豊島岡で当たり前とされることを当たり前にできる。それが人からの信頼につながり、社会に出たときに求められる人になるのだと、生徒には伝えています。

毎朝5分間の運針、残るのは完成品ではない
――辻豊島岡といえば、今お話しいただいた、毎朝の運針がよく知られています。豊島岡生にとって運針とはどんな存在なのでしょうか。
竹鼻運針を通して学んでほしいことは、心を落ち着けること、無心になること、基礎基本を大切にすること、努力を積み重ねること、そして一つの特技を持つことです。朝のルーティンとして、気持ちを切り替えて一日を始める時間にもなっています。
卒業後、心が落ち着かないときに運針をするという人もいます。大学受験の前夜に針を持った人、運針で使った布をお守りのように試験会場へ持っていった人もいます。上達すると5分間で約5メートル縫える生徒もいますから、「5分あれば、これだけのことができる」という時間の感覚も身につきます。
――西村前日の続きから縫って、一本の作品にするのですか。
竹鼻いいえ、毎回糸は抜いてしまいます。形には残りません。残るのは、それぞれの生徒の心の中だけです。それがよいのだと思っています。
運針の時間は、教員が言葉を発さずに生徒をよく見る時間でもあります。普段はすっと手が動く生徒の手が止まっている、眠そうにしている、何度も指に針を刺してしまう。いつもと違う様子があれば、あとで声をかけます。話を聞くと、前の晩に友人や家族とけんかをして眠れなかった、と分かることもあります。伝統行事であると同時に、生徒の小さな変化に気づく時間なのです。

努力する人を笑わない
――西村外からは、豊島岡は勉強をたくさんする学校という印象があります。ところが、実際に進学した生徒や保護者からは「勉強は大変だけれど、学校は本当に楽しい」と聞きます。なぜなのでしょうか。
竹鼻勉強はしっかりやります。ただ、無理難題を一方的に押しつけているわけではありません。教育方針「勤勉努力」の通り、こつこつ真面目に取り組む姿勢を大切にしています。たとえば、範囲の決まった漢字や英単語のテストは、準備をすれば結果につながります。そうしたことをきちんと続けていれば、学校はその努力を認めます。
以前、ある研修で「真面目」がネガティブな言葉として扱われていて、とても驚きました。豊島岡では、真面目は褒め言葉。真面目に取り組むことや努力することを笑う人はいません。
――辻それは教育方針の「一能専念」にもつながりますね。
竹鼻一能は一つしかないという意味ではありません。生徒には多様な力があります。誰かが活躍したときに足を引っ張るのではなく、「あの人はすごいね」と素直に認める空気があります。保護者も、他の子と比較して「あなたは駄目」と言うのではなく、「あなたも頑張れるね。何を頑張ろうか」と背中を押してくださる。そういう文化が育ってきたと感じます。

勉強以外にも居場所と出番がある
高い学力だけで学校生活の満足度は説明できない。竹鼻校長が繰り返し語られたのが、全員参加のクラブ活動と、そこで生まれるタテのつながりだった。
竹鼻本校ではクラブ活動に全員が参加します。入学後、4月いっぱいかけてクラブを選び、5月から活動に入ります。早い段階で憧れの先輩を見つけられることは、大きいと思います。
卒業生もクラブ単位でよく学校に遊びに来ます。大学生や社会人になった先輩が、後輩の様子を見に来てくれる。身近な先輩を「追いつきたい、追い越したい」と思える雰囲気があります。勉強以外にも一生懸命取り組めるものがあり、集団の中で自分が欠かせない一員だと感じられる。それが学校の楽しさにつながっているのではないでしょうか。
卒業生の保護者が、豊島岡の先輩後輩の関係を「クロスニットな関係ですね」と表現してくださいました。先輩は後輩に優しい。ただし、その優しさには厳しい助言も含まれています。何かを受け取った後輩が、また次の後輩へ渡していく関係です。

入学時の結果を6年間の物語にしない
――西村近年は豊島岡を第一志望にする受験生も増えていますが、別の学校を第一志望として入学する生徒もいると思います。中学受験の結果を引きずらず、新しい学校生活を始めるために何が必要でしょうか。
竹鼻中学入試と、入学後の学校生活は別です。入学した生徒には、「豊島岡でよかった」と思える学校生活を送ってほしい。そのために学校は働きかけますが、ご家庭での言葉もとても大切です。
第一志望ではなかったとしても、保護者が「この学校でよかったね」と言ってくだされば、生徒は前を向きやすくなります。一方で、きょうだいと比べたり、不合格だった学校の話を繰り返したりすると、高校段階の進路選択のときに、その気持ちが戻ってしまうことがあります。「あなたはあなた」と認めてあげてほしいですね。
――辻学校で大きく伸びるのは、どのような生徒でしょうか。
竹鼻「自分にもできるかもしれない」「やってみたい」と、物事を前向きに捉えられる生徒です。本校には、先輩の姿を見て挑戦できる機会がたくさんあります。そして、「やってごらん」と背中を押してくださる保護者がいる生徒は伸びます。

「大変だけれど楽しい」を支えるものとは
豊島岡の「勤勉努力」は、成績だけを競うための言葉ではない。毎朝の5分、範囲の決まった小テスト、クラブでの役割、先輩から受け取る助言。目の前のことに誠実に取り組む経験を重ね、自分も集団の役に立てると実感していく。その土台があるからこそ、「大変だけれど楽しい」が成り立つのだろう。(西村則康談)
